長崎その2 龍馬のいた長崎

 来年ご当地俳優福山雅治主演の大河ドラマ『龍馬伝』が始まることもあり、長崎はそれなりに盛り上がっている。どれほどのロケがおこなわれるのか知らないが、龍馬の面影を追いながら長崎を散策するのも一興だ。繁華街浜町にもほど近い風頭(かざがしら)という山のなかほどに亀山社中がある。老朽化のためしばらく閉ざされていたが現在は資料館として復活した。キレイになりすぎて風情は失われたがけっこうなにぎわいを見せていた。ここからさらに頂上まで足を運ぶとりっぱな龍馬像と司馬遼太郎『竜馬がゆく』の<船が長崎の港内に入ったとき、竜馬は胸のおどるような思いをおさえかね、「長崎はわしの希望じゃ」と陸奥陽之助にいった。「やがては日本回天の足場になる」ともいった>という一節が彫り込まれた碑がある。風頭から望む長崎港のながめはほんとうに美しい。龍馬もこの景色を何度となく見たのだろう。

 この近くには龍馬の有名な肖像写真を撮影した日本初の職業写真家上野彦馬の墓がある。山沿いの墓地を縫うように急な坂を下っていけば寺町となる。中国式の赤寺興福寺などを見ながらぶらぶら歩けばそこはもう浜町だ。京の島原、江戸の吉原と並び称された三大花街のひとつ丸山まであっという間についてしまう。社中からは遊びにいくのも便利だったろう。なじみの引田屋(現在の花月)もここにある。寺町とは逆に若宮稲荷のほうから伊良林、八幡町方面に下っていくと中島川にぶつかる。この川端に上野彦馬邸があった。眼鏡橋をはじめ古くから残る石橋群が有名だが、1982年の大水害で大きな被害を受けた。長崎大学に当時の川の景色を撮った彦馬の写真が残されているが、水害前の景色は幕末の面影が残っていたことがわかる。土佐の白袴と恐れられた社中の面々もその景色の中にいたわけだ。

 長崎は坂の街だから歩いてばかりでは疲れるので浜町からはチンチン電車に乗って数分、大浦天主堂下でおりるとグラバー園が近い。このイギリス商人とも龍馬はからんでくるわけだが、このあたりをドラマでどう扱ってくれるのか興味がある(原作を読んでいないが)。グラバー邸はプッチーニ『蝶々夫人』の舞台ともいわれ見どころが多い(蝶々夫人があたり役だった三浦環の像や、マリア・カラスが来崎した際に植えたオリーブの木がある)。また戦前のヨーロッパで名を馳せた幻のオペラ歌手喜波貞子(きわていこ)ゆかりの品々が展示がされている。

 龍馬の物語とはあまり関わりがないが長崎の新しい観光スポットに復元された出島がある。まだ完成に至っていないようで、いったい何年かかるんだと思いながら見学するとこれが非常によく作られている。派手さはないが忠実であろうとする真面目さが伝わってきて好感が持てる場所だ。ご存知のとおり出島は外国人居留区で一般の日本人の出入りは禁じられていたが丸山遊女だけは別だった。市井の人々とは接点のない彼らから遊女たちは西洋の品々と文化を長崎の街に持ち帰りそれを身近なものにしていった。遊女たちが異国趣味の長崎文化に少なからず貢献したと考えるととても愉快だ。

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おもしろい壁紙、畳の上でビリヤード。これぞ和洋折衷。(D-LUX3)

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姫野 順一

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