忘れえぬロシア ~ロシアの魅力~

 日本人が描くロシアに対するイメージは世代によって非常に様々なのではないか。日露戦争を思い浮かべる人もいれば、エカテリーナ妃がまず浮かぶ人もいるだろう。もちろん文学、音楽、バレエなどの芸術をイメージする人も多いと思う。ロシア民謡はある世代においてはシャンソンやカンォーネ以上に親しみがあるはずだ。またいっぽうで「雑」であるとか「がさつ」といった印象もあったりする。ハリウッド映画が描くロシア人や粗雑なロシア製品からくるものか。
 ライカを手に入れる前にロシア製のゾルキー1というコピーライカで操作を身につけた。何せ本物を持ったことがなかったからどのくらい作りが違うのかわからなかったが評判ほど悪くはなく安い分気兼ねなく使い倒せた。よく当たり外れがあるといわれるレンズも秀逸でインダスター22(沈胴50mm)、ジュピター12(35mm)、ジュピター3(50mm)を使っていた。色のりの良いジュピターの2本はいまだに手放せないでいる。もちろんライカと比べると精密感、高級感に随分と欠けるが、きちんと手入れされていれば操作感にそれほどの差はない。もっとあとの時代のLOMO周辺のカメラが雑なイメージを作っているのだろう(人気だったLC-Aはまだマシなほう)。
 さて、さきごろまでBunkamuraで催されていた『忘れえぬロシア』展である。とてもいい展覧会だった。サンクトペテルブルグ美術アカデミーの若き卒業生たちが留学の権利を得るためのコンクールで、課題である神話からとった主題を拒否し反乱をおこした。「自分たちは描きたいものを描く」という宣言をしたわけだ。彼らの描く農村の風景や肖像画は繊細で力強さにあふれ、みずみずしさを放っている。ポスターにもなった<忘れえぬ女(ひと)>の凛とした美しさ、フランス印象派の影響を色濃く受けた<あぜ道にて>の幸福感。この<あぜ道にて>はフランスに留学経験のあるイリヤ・レーピンの1879年の作だが、ちょうどこのころロシア文学が西欧に紹介されはじめ、フランスではドストエフスキーやトルストイのブームがおこった。それまでのロシアはフランスの芸術を受け入れるばかりであったが、文学も絵画も先に紹介したバレエも芸術の中心地とされていたパリから遠く離れた東欧の地で力強く育まれていたのである。1894年には露仏同盟が締結し、その後ディアギレフによってロシアの絵画や音楽が紹介されバレエ・リュスの公演につながっていく。
 日本とロシアの関係は地理上の問題からも複雑な歴史を経て現在に至っているが、ロシアの芸術や文化はわれわれ日本人の中に息づいている。―――やはりロシアは魅力的なのだ。
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